イヤフォンを至高の音楽体験へアップデートするイヤピースComply『T-400』

Complyのイヤピース『T-400』。

オーディオでは耳に近いところから変える方が効果的と言われている。

ポータブルオーディオで言えば、音源よりはプレイヤーを。プレイヤーよりはイヤフォンを。そしてイヤホンより重視すべき、より耳に近いものがイヤピースだ。

Complyのイヤピースは低反発のフォームを用いており、指で小さく押しつぶし耳に入れる。端的に言えば耳栓のような使い心地だ。遮音性が高く、音源本来の音、イヤホン本来の音を楽しむ助けとなる。

一般的なイヤピースと比べると、特に抜けやすい低音の増加が印象的だ。唯一の難点は、耐久性が高くなく、人によるだろうが数ヶ月に一回は新しいものにしなければいけない点だろう。しかも3セットで2,000円ほどと、それなりのコストだ。

ランニングコストこそかかるものの、音とのトレードオフを考えれば、ポータブルオーディオにこだわる人間にとっては決して悪い金額ではないはずだ。

無論、イヤピースが不要なカスタムIEMに手を出すのも一つの手ではあるが。

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image : Comply Instagram

“あるべき場所”にある扇風機『BALMUDA GreenFan』

昨年6月、引越しと同時に扇風機を買った。

僕はあまりモノ選びで悩まないのだけれど、扇風機は決め手となる要素がなく、今回は難航した。

今時の扇風機は、良い風が出て、デザインが優れているのは当たり前。

メーカー各社は、「バッテリーで動く」「スマホで操作できる」「温度に応じて風を調整」「空気が綺麗になる」「暖房も」といった追加機能や便利機能で争っている。

どれを選んでも基本機能的には問題ない反面、追加で欲しいと思う機能も特になく。基本機能が満足して部屋に合えばいいと思っていた僕としては、判断に困ったわけだ。

諸々悩み、最終的に我が家にやって来たのはド定番であろう『BALMUDA GreenFan』だった。

正面を向いて止まる扇風機

BALMUDA GreenFanは優秀な扇風機だ。

二重構造の羽根とDCモーターで遠くまで自然の優しい風を送れる。リモコンやバッテリーが使えるといった細やかな機能もありつつ、デザイン面も国内メーカーでは優れているだろう。

概要 | The GreenFan | バルミューダ株式会社

ただ、僕がこの扇風機を買った決定打は全く別の理由だった。

それは、「電源を切ると、必ず正面を向く」ということ。

首振りをする扇風機は斜めを向いて止まることがほとんど。とはいえ、斜めに止まることに違和感を感じたことも、嫌だと思ったこともなかった。たまたま家電量販店で試したときに、BALMUDA GreenFanは正面を向いて止まることに気づき、はじめて意識したほどだ。

ただ、正面を向いて止まる機種があるとを知ると、気になって仕方ない。近くにあった扇風機をいくつか試してみたところ、正面で止まる機種は1つもない。国内メーカーも、高級扇風機も、ダイソンもだ。

モノの「あるべき場所」

モノにはホームポジション、つまり“あるべき場所”が存在すると僕は思う。

椅子などの家具は使い終わると元の位置に戻す。パソコンも、腕時計も、リモコンも、家で置くべき場所は大体決まってくるものだと思う。

「片付けの基本はモノのあるべき場所を決めること」といわれるように、家のなかでホームポジションをどこに置くかは部屋の雰囲気を決める大切な要素。とくに扇風機のようなインテリアはなおさらだ。

GreenFanに出会って気づいたのが、扇風機のホームポジションは2つ存在するということ。1つは文字通り「あるべき場所」。もう1つが「向くべき向き」だ。

そしておそらく、GreenFanは2つのホームポジションの両方をしっかりと守れるように作られている。と僕は思っている。

「あるべき場所」にあるために、扇風機自体を動かさなくても欲しいところに風を送る。最近の扇風機では基本機能だろうが、遠く風が届き、首振り範囲の調整できる。風が届かない距離的・位置的問題を解決している。

そして「向くべき向き」を守るために「止めれば必ず正面を向く」。

意識をしなければ忘れてしまいそうな要素だが「あるべき場所」にあることは、インテリアにとっては大切な要素なのだと思う。

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source / image : BALMUDA

テキストエディタ『Stone』は、インタラクションまで美しく、縦書きをアップデートする

日本デザインセンターが開発するテキストエディタ『Stone』。

“書くことに集中する”ことだけを考え抜いてつくられた、「書く気分を高める」macOS用テキストエディタだ。同社はリリースに先んじて、8月にSNSを通してモニターユーザの募集を実施。β版を試用させていただいている。

日本デザインセンター初の自社プロダクト

プロダクトの使い心地などに触れる前に、開発背景について言及しておきたい。

Stoneは、日本デザインセンター“初”の自社プロダクトである。

日本デザインセンター(以下・NDC)」は、業界で知らない人はいないであろう“超”がつく有名デザインファームだ。亀倉雄策、原弘、田中一光、山城隆一といった現在の広告クリエイティブの礎を作った人物たちが創業し現代表は原研哉が務めている。

開発を担当する日本デザインセンター・北本 浩之氏(写真左)、横田泰斗氏(写真右)

 

開発背景やプロダクトの狙いなどについて、同社ウェブサイト上にインタビューコンテンツが掲載されている。記事内で開発を担当するWebデザイナーの横田泰斗氏はプロダクトの目標を以下のように語る。

目標は書き手を増やすことです。読むのは好きだけど、書くことはちょっと敬遠してしまう。そんな人たちに書く楽しみを知ってもらえたら。snoteがそのきっかけになれたら。そんなことを考えています。サイトも作りますが、アプリの機能説明だけでなく、文学系のイベント紹介や、筆が進む場所の提案とか、ゲストに物書きを呼んでワークショップをしたりとか、サイトそのものが書くための手引きになれればと。

ここ数年収益構造の安定化を狙い、デザインファームが自社プロダクトの開発へ手を広げる流れは強まっている。ただ、日本デザインセンターが手がける自社プロダクトが「テキストエディタ」というのは少々意外だった。

テキストエディタはPC黎明期からさまざまなプロダクトが登場してきた。時代の変遷とともに、常に新しいプロダクトが世に現れは消えていく。その分UIなどデザイン面でも洗練されているプロダクトも多く、日本デザインセンターの強みで差別化を図ることは他のアプリと比べて容易ではないはずだ。

なぜ、テキストエディタだったか。その視点も加味しつつ試用してみている。
 

計算され尽くしたUI

アプリケーションを起動し真っ先に受ける印象はUI(ユーザインタフェース)の綺麗さに違いない。NDCが得意とするところでもあり、Stoneの強みの1つである。

要素を最小限に抑えたシンプルな画面構成。ほんのりと薄灰色の背景に、行数などを示す薄灰色の補助文字。入力する文字色は濃い灰色と、不満のないコントラスト比は保ちつつも、目が痛くない程度の優しい色味にそろえている。PCの画面で目が疲れやすい自分にとって、この配色は嬉しいポイントだ。

フォントを明朝とゴシックで選べるのは、日本発のプロダクトならではだろう。

デザイン面の優秀さでいえばインタラクションについても言及したい。

薄灰色で表示される補助文字はポインタを動かすと表示されるが、テキストが入力され始めるとフェードアウトしていく。テキストの入力中は必要最低限の要素しか表示せず、“書くことに集中させる”ことだけを考えたというデザイナーの意図が垣間見える。

最初の1行を入力する時、画面中央から入力がなされるのも特徴的だ。文字入力は紙とペンのメタファーが用いられることが多い。一番上の行、ないしは右端から文字を入力することもそのメタファーによるものだ。デジタルのテキストエディタであれば中央から入力がはじまっても何らおかしくない。

「考え抜いた、最初の一文を刻む」行為が少しだけ特別になる。
 

差別化要素は“縦書き”

もう1つ、Stoneの大きな特徴と言えるのが「縦書き」への対応だ。

Macにおいて縦書きに対応するテキストエディタは意外なほど選択肢がない。思いつく限りでも「Hagoromo」「Jedit」「Word」くらい。少なくともこの3つにおいて、UI面が美しく整っているものはない。

この縦書きエディタというニーズに対しStoneは1つの解となり得る。

無論、現状では縦書きエディタとして十分とは言えない。βということもあってか、行間や文字サイズ、文字数といった視覚的な調整以外は検索と置換のみと、機能面はかなりシンプルに抑えられている。縦書きであれば求められるであろう、ルビや縦中横といった機能は現状実装されていない。

ただ縦書きにおいて、ここまで美しくテキストへ集中できるUIが実装されたテキストエディタは存在しない。縦書きの場合、特に「原稿用紙」のメタファーが強く、そのメタファーにUIも寄せられる傾向が強い。

前述したところだが、StoneではデジタルネイティブなテキストエディターとしてのUIが実現されている。

僕は普段Ulyssesというテキストエディタで原稿を書いている。UlyssesもStone同様シンプルなUIで書くことに集中することを重要視しているテキストエディタだ。加えてStoneよりも多機能で、Markdownへ対応し、アウトライナー機能も搭載、iCloud経由でのマルチデバイス対応も実装されている。

Ulyssesと比べてStoneが“便利”とは現状まだまだ言えない。ただ、ビジュアル面で言えば、インタラクションなど細かな積み重ねの意味ではStoneの方が上をいく。さらに縦書き対応は今後既存製品を含め圧倒的な差別化を狙える可能性を有している。

多機能化したときにこのUIの美しさを果たして担保できるのかという不安はあるが、今後の機能拡張がStone導入の鍵になりそうだ。

stone(ストーン) – 書く気分を高めるテキストエディタ

価格は3,000円。2017年11月30日にリリースされた。(※追記2017年12月2日)

source/img: Nippon Design Center

NCイヤホンの限りなく完成形BOSE『QuietControl 30』

BOSEのノイズキャンセリングイヤホン『QuietControl 30(以下・QC30)』。

このQC30は同社の擁するノイズキャンセリングシリーズの中でもかなり完成形に近いと個人的に思っている。

他者と比較しても圧倒的にクオリティの高いノイズキャンセリング機能を有するBOSE。このノイズキャンセリングをBluetoothイヤホンに搭載し、10時間のバッテリ持続を実現。イヤーチップには長時間の着用も苦にならない、軽いつけ心地のStayHear+ QCチップを採用するなど全方位に抜かりがない。

強いていうならばバッテリーの持続時間が15時間以上あるとよかったり、バッテリーが切れた時には有線で利用できるようにしてくれると嬉しいが、両者ともかなり稀なケースでか困らないため、あえてデメリットとして挙げるほどでもないだろう。

ヘッドホンタイプのQuietComfort35ならバッテリーの持続時間は長いが、ヘッドホンの場合着用時の側圧が気になったり、壁などに寄り掛かると当たる面積が広く、飛行機で寝る時に使うには不便で個人的には課題が残る。つまりイヤホンタイプこそが最適解なのだ。

実はBluetoothになる前製品のQC20を以前持っていたのだが、先日シンガポールへ行った際に紛失。急遽機内販売で購入したのがこのQC30だった。ただ急遽買った割にはとてつもなく満足度は高く、ワイヤレスゆえの利便性も大きい。

購入前までは正直ネックバンドの部分が邪魔くさいのではと思っていたが、実際買ってみると、鞄に入れずほぼ首に掛けて移動すれば何ら不自由しないことに気づいた。

僕にとって、QC30は現状のノイズキャンセリングイヤホンにおける最適解だ。

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source / image : BOSE

カレーを味でなく、体験で考えた 『BALMUDA The Curry』

BALMUDAは2017年6月、同社の炊飯器『BALMUDA The Gohan』に合うカレーをとして、『BALMUDA The Curry』を発表した。

代表の寺田氏がこだわりぬいたというカレーは、老舗カレー専門店『デリー』と共同で制作したという。

たまたま立ち寄った家電量販店に並ぶカレーを見つけた筆者は、早速購入。

正直辛いものはそこまで得意ではないのだけれど、このカレーは辛旨いと言えるとても良い塩梅の辛さだ。

無論辛さだけではない。家庭では手間がかかるのでなかなか作らないスパイスカレー系の美味しさと、しっかりと煮込まれた野菜の味もする。レトルト感は全くと言っていいほどない。価格を考えれば確かにというところだが、美味しさは期待以上だった。

カレーソースであって、レトルトではない不便さ

味は十二分に満足できた。

問題はここから。僕がこのカレーを食べる上で感じた課題はとてもシンプルなものだった。単に手間なのだ。

カレーソースと言う名の通り、パッケージには、カレールーしか入っておらず、調理のインストラクションにもユーザー側が肉と野菜を用意し調理することを想定している。カレーのために野菜や肉の下準備を行い、調理することが求められる。

この工程だけで30分は軽くかかる。BALMUDA The Curryは平日の夜に疲れた体を引きずって作るカレーではなく、休日の昼に少しだけ手間をかけて楽しむカレーなのだ。

スパイスカレーを作るほどの手間と材料の充実性は求められないものの、手軽に食べるカレーというわけでもない。

逆に少しの手間を仕方ないと思える心の余裕がある状態で作れれば、このカレーはさらに楽しめる。単なるレトルトに比べ調理の幅があるため、自分が美味しいと思えるアレンジを入れることも1つの楽しみ方だろう。

休日の昼に楽しむストーリー

BALMUDAが描くのは、平日の夜に1人で食べる一皿ではなく、休日の昼にパートナーや家族と囲む食卓なのだろう。(サイト上には平日の夜と書いてあるが、あまり現実的ではないと個人的には思っている)

Soup Stock Tokyo(スープストック トーキョー)を運営するスマイルズの遠山社長は「ある女性が、どういったシーン・気持ちでスープストックに入り、一杯のスープを口にする」といったストーリーとして事業計画書を描くという。

バルミューダの寺尾社長が語る体験をデザインするという言葉がそれに近いものかはわからないが、少なくとも僕は、カレーを食べながらストーリーを思い浮かべた。t

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source / image : BALMUDA

最高の“これでいい”。無印良品『オーガニックコットンスニーカー』

無印良品のスニーカー『オーガニックコットンスニーカー』。

Converseの名作スニーカー『ジャックパーセル』を思わせる形を、無印良品らしいアノニマスなデザインに落とし込んでいる。シーズンごとに数色ずつ展開しているが、通年展開の白を選ぶと、そのアノニマス感はさらに強調される。

無印良品のブランドコンセプトを以下のように記している。

無印良品が目指しているのは「これがいい」ではなく「これでいい」という理性的な満足感をお客さまに持っていただくことです。
「これがいい」には微かなエゴイズムや不協和が含まれますが「これでいい」には抑制や譲歩を含んだ理性が働いています。
しかしながら「で」の中には、あきらめや小さな不満足が含まれるかもしれません。
無印良品は「で」の中にある小さな不満足を払拭し、明晰で自信に満ちた「これでいい」の次元を目指します。

『オーガニックコットンスニーカー』は、このコンセプトを体現しているようなデザインだと個人的には思っている。

こと白いスニーカーに関しては、汚れが最大の弱点だ。とはいえ、都度買い換えていてはコストも嵩む。汚したくないから履かないというのは本末転倒だが、下駄箱で繰り広げられる意思決定の中では比較的よくある話だろう。

度々書いているが、僕は無印良品の素晴らしさはいつ行っても同じものが用意されている点にあると思う。たとえ汚してもまた買えるとという安心感はとても大きい。勿論、2,990円という価格的安心感はいうまでもないし、「これでいい」と思える商品を作ってくれていることは前提だ。

「でいい」を変わらず追求し、用意してくれる無印良品。僕は頭が上がらない。

source / image : 無印良品

SIGMA『SEIN』が構築する継続的なブランド体験

SIGMAが発行する広報誌『SEIN(ザイン)』。

同社のレンズを1本でも所有し、ユーザー登録を行っていれば申し込みができる小冊子だ。内容はSIGMA製カメラやレンズの紹介や、プロカメラマンをはじめとしたユーザーインタビュー。同社が出展したイベントのレポート。コラムといったもの。毎号30-40ページほどのボリュームで、だいたい年4回発行されてきている。

広報誌「SEIN(ザイン)」創刊のお知らせ|株式会社シグマ

シグマは2012年に『SIGMA GROBAL VISION』という企業と製品双方にかかる理念を発表してから、ブランド力を強化してきた。プロダクトデザインをソニーデザインセンター出身の岩崎一郎氏に依頼。レンズ、カメラといったプロダクトをはじめ、ウェブサイト、展示会のブースまで一貫したブランドコミュニケーションの構築を進めてきた。

その最たるものがこのSEINだろうなと個人的には思っている。SEINはいわゆるファンブックに近く、ボリュームこそ少ないものの無料で配布することで既存ユーザーのロイヤリティは確かに高まる。(僕自身がそうであるように)

比較に出して申し訳ないが、競合の交換レンズメーカーT社もSIGMAと同様にレンズのデザインはアップデートしたが、コミュニケーションは以前のまま。それではSIGMAに勝てないぞと思いつつ、そこまでがらっと変えるのは難しいのだろうなとも思う。

SIGMAの山木社長に以前インタビューさせていただいた際には「僕は、単純にモノが好きなんですよ」と語っていたが、そのモノ好き度合いはかなりだと思う。出なければ、こんなに素晴らしいプロダクト、コミュニケーションは生み出せないと思うからだ。

黒いBALMUDA『The GreenFan』

BALMUDAの黒い『GreenFan』。

バッテリー式になったり、リモコンが便利になったりと、毎年地道にアップデートされている『GreenFan』だが、今年はオールブラック仕様が登場した。

名前も『The GreenFan』に変更。我が家には通常色のGreenFanがいて、機能的にもとても重宝しているのだけれど、これは惹かれる。

BALMUDAにとって黒のカラバリはそれなりに意味があるのではと個人的には思っている。同社が黒のアイテムを出したのは初期のライトを除くと、『BALMUDA The Toaster』がはじめて。

『BALMUDA The Toaster』は、『GreenFan』で急成長したもののその後不振が続いた同社が再起をかけたプロダクト。そのカラバリを、初期の代表作GreenFanが纏うのは、同社が次なるフェーズに歩みを進めている印象を受けたりもする。

ちょうどシルバーのみだったMacにブラックにゴールドが追加された感覚に近い。

と、いろいろ思いつつ、とりあえず欲しい。

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source : BALMUDA

写真はデジタルとフィジカルを行き来する『instax SQUARE SQ10』

写真はフィジカルにはじまり、デジタルになり、またフィジカルに戻る。今日発売される『instax SQUARE SQ10』を見ながらそんなことを考えていた。

写真を見ればご覧の通り。instagramのお陰ですっかり定着したスクウェアフォーマットの写真が撮れるチェキである。フィルムというフィジカルなプロダクトにはじまった写真はデジタルデータとなり、デジタルで生まれたフォーマットを身につけ、またフィルムに戻ってきたのだ。

このカメラはフィジカル→デジタル→フィジカルというプロセスを、画像の生成にあたっても行っている。フィジカルな対象物を捉えるのはデジタルイメージセンサー。そしてセンサーが記憶したデータを、フィジカルのポラフィルムに焼き出している。

一旦デジタルデータにすることでフィルターをかけたりといったデジタルならではの後処理を可能にしているのだ。

instagram loverはもちろんのこと、フィルム好き、チェキ好き、そしてポラロイド好きもつい手が伸びるのではないだろうか。このチェキは小さく手軽、かつフィルター機能を有しているという、実にinstagram的な世界観を踏襲したプロダクトである。

チェキだけでなく、写ルンですや、フィルムカメラは再度小さなブームを巻き起こしている。フィルムというフィジカルなものをスキャン、デジタルに変換し、加工やシェアする人も少なくない。写真において、デジタルとフィジカルは大分仲がいいようだ。

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source / image : FUJIFILM

長く付き合えるモノを見つける技術

スウェーデンでは、モノを新品で購入するよりも修理して使い続ける方が安くなるよう、修理にかかる付加価値税(VAT)を約半額にする政府予算案が昨年提出された。

「買い換えなくてもいい世界」をつくろうとするスウェーデンの挑戦|WIRED.jp

買い換えず、1つのモノを長く使い続けるのは良いことで、モノとの付き合い方としては疑いようもなく正しい。まさしく“正義”だと思う。他方で、世の中には修理して長く使い続けられないもの、使い続けるべきでないものが多数存在しているのも事実だ。

[mk_blockquote style=”line-style” font_family=”none” text_size=”12″ align=”left”]世の中には「計画的陳腐化」と呼ばれるものがあって、これがわたしたちの経済的・環境的破滅に大きく関わっているとされている。わたしたちが購入する製品は、脆弱で、どんどん壊れやすくなっている。そして、よく知られているように、修理するのは新しいものを購入するよりも費用がかかる。
これがいくらか発展の土台となっていることは、産業は物語ってきた。国民総生産を、そして雇用を増やすには、わたしたちは売って、売って、売りまくらなければならない、と。[/mk_blockquote]

上記WIREDの記事では「計画的陳腐化」により、生産側は意図的に長く使えないモノを作っている旨を語っている。近い話で、日本でも有名なのはソニータイマーの話だろう。

20年にわたってソニーを苦しめる「ソニータイマー」説|WIRED.jp

長く1つのモノと付き合う方法論

意図的に壊れるように作ることはないとしても、意図的に最新でない部品を使うことは各メーカー当たり前に行なっている。それは製品ラインナップやヒエラルキー上の関係性であったり、歩留まり、価格との兼ね合いなど様々な理由からだ。

つまり、全ての製品が「長く愛用してもらうために最適なかたち」で作られているわけではない。

とはいえスウェーデンの話でも語ったように、長く1つのモノと付き合い続けることは、モノとの関係性から考えれば絶対的に“正義”だと僕は思う。

もちろん環境に優しい、1つのモノを大事にするという道徳的な意味合いもあるが、個人的に大きいのはモノを買い換える度に悩む労力の無駄を省けるというメリットもある。

では、「長く愛用してもらうために最適なかたち」で作られていない製品があるなか、どのようにして「長く愛用できるもの」を探すべきか。

『物理的耐久性』と『社会的耐久性』

この問題に対し、僕はモノの耐久性を計るのに2つの評価基準を持って判断するようにしている。それが、『物理的耐久性』と『社会的耐久性』だ。

『物理的耐久性』は、物理的に使い続けられなくなる耐久限界を計るものだ。壊れたり、本来の性能を発揮できなくなる、消耗するなどで限界を迎える。

修理の話はこの物理的耐久性に含まれる。壊れても修理して使い続けられるものは物理的耐久性が高いといえるが、修理する体制が用意されていなかったり、修理できる場合でも修理価格が高すぎるものは、物理的耐久性は低いといえるだろう。

もう一方の『社会的耐久性』は、使い続けることが非効率になったり、メリットがなくなる耐久限界を計るものだ。作業効率が悪くなった古いパソコンや、流行を過ぎたり飽られた服、物理的には使い続けられるが、使い続けられない(けるべきではない)状態になることで限界を迎える。

社会の変化により耐久限界が訪れるため社会的耐久性と呼んでおり、カセットテープなどが淘汰されたのは、より効率的なメディアが登場したことによる社会的耐久性の限界を迎えたからだ。

この2つの基準で考えると、耐久性というものが立体的に見えてくる。

「丈夫」「長く使える」「飽きが来ない」「一生モノ」など耐久性に関する表現は数多存在するが、どれも作る側のロジックでしつらえられた言葉であり、消費者側にとってはこれらを一度に並べられると、その優越がとてつもなくわかりづらい。

だからこそ、モノを選ぶ際の評価基準はそれぞれが持つべきだと思うし、それは必ずしも一軸で整理できるものではないと思う。