中古で『EOS 5D mark』を買った。

Canonの4年前に発売されたカメラだ。先月4年ぶりに後継機が発売されたが、個人的にあまり惹かれる追加機能がなかったため、型落ちの中古を買うことにした。

僕が買った個体は、店頭に並んでいた中古品のなかでもボロい悪い方だった。発売日に購入され4年間がっつり使い込まれたのではと思わせるほど。各所に傷や塗装剥げが目立っていた。

状態が良いもの含め何台が選択肢があるなか、僕がこの個体を選んだのは、「シャッターユニット」という部品が新品交換されていたから。

シャッターユニットは交換すると6万円近くかかる消耗品だ。(15万ショットが耐用回数)店頭には同じ値段で、シャッターユニットの交換されてないが外観のきれいな個体もあった。しかしショット数のわからないまま購入して、10万ショットの個体を引いてしまうと、なかなかツラい。

型落ちとはいえ、3年程度は使う予定。であれば消耗パーツが交換され、追加コストがかかる可能性が少ない方がいいと考え、今回この個体を選んだ。

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手垢にまみれた中古品は売れない


カメラを見ながら、店員さんと話していると、「外観がボロいとなかなか売れない」という話になった。たとえ中身が新品でも、外装がボロいとなかなか売れないらしい。しばらく売れないと外装を交換する場合もあるという。

もちろんカメラには種類はある。道具として使われる「機材」的なものから、趣味性の高いもの。飾られるような「趣向品」までさまざまだ。ただ、種類を問わず外観の程度は売れやすさに響くらしい。

極端な話「人の手垢がついたものは敬遠される」といったところだ。

確かに、このカメラもボロボロだ。シャッター部分や電源レバーは使いすぎて剥げてるし、軍幹部も底板も擦り傷が目立つ。

恐らく、毎日のように持ち運び撮影していたのだろう。使い込まれた末にシャッターは耐用回数を超え、後継機種の登場もあって買い換えられた。それを引き取った中古カメラ店がシャッターユニットを交換し、販売。僕に引き取られたと
いうところだろうか。

こういったモノの持つストーリーは、単なる「手垢」なのだろうか。

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「新品」を信仰する人がいる

少し話は変わるが、「新築は家はぼったくり」という有名な話がある。新築の家は鍵を引き渡し、ドアを変えた瞬間に価格が2割落ちるのだ。

理由は2つある。1つは、新築販売における広告宣伝費などのコストが上乗せされ販売されているから。もう1つは、「新しい」という価値があるからだ。

多くの人にとって「新品」「未使用」は価値だ。僕自身、新品の価値には納得する一方、莫大なお金を払う程の価値かと問われると首を縦に振れないケースも多い。

個人的に一番違和感を感じるのが、家電の展示処分品だ。

大手家電量販店のアウトレットなどを見ると、展示処分品が数多販売されている。そして大体の場合、世の中の新品価格よりは安く、中古価格より高い価格設定になっている。

よくよく考えて欲しい。展示品は中古品より状態がいいだろうか?

小売店に勤めた経験のある方なら分かると思うが、展示品は雑に扱われる。傷はもちろん、落下跡、打撃跡も珍しくない。そして、商品として想定される使われ方ではないため、展示中に壊れるものも数多ある。

ディスプレイは焼き付く。カメラは耐用数をゆうに超えたショット数。パソコンのキーボードはヘタる。どれも一般的な話だ。

これが家具ならまだいい。外観の傷だけで済むからだ。家電は駆動部があるため、故障リスクが高くなる。展示品なら保証が効く場合もあるが、大体の家電の場合消耗パーツは対象外だ。カメラのシャッターユニットはまさにそこにあたる。

展示品として酷使されたものが、中古品より高いのは明らかにおかしい。それでも「一応新品」にお金を払うのは何故だろう。

 

知らない隣人への恐怖 = 誰かの手垢への嫌悪

「新しいものへの固執」は何故起こるのか。

原因は「知らない誰かへの恐怖」にあると僕は考えている。この話を考えていたときの思い出したのが、コミュニティの話だ。ご近所SNS『マチマチ』を運営する六人部さんという方が、以前こんな話をしていた。

マンションの場合ですと、顔見知りだとトラブルが少ないそうなんです。子供の声がうるさくてクレームになっていたものも、知っている人なら「〇〇さんの子供はまだ小さいからね」となるそうです。コミュニティの力って大事だなと改めて感じました。

2016年、地域コミュニティはオンラインで活性化する? 地域の課題を解決するSNS『マチマチ』

端的にいうと、「知らない誰か」には冷たいが、「知っているあの人」になると優しくなる。という話である。

中古品もこの感覚に近く、「知らない誰か」が使ったことに対する「恐怖的な何か」があるのではないだろうかと僕は考えている。傷だらけのカメラを使っていたのが仲の良いカメラマンだったら、果たしてそこまで嫌悪感を感じるのだろうか。

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モノが持つストーリーを想像する


無論、この話はあくまで一視点にすぎない。ほかにも故障率、どう使われたかわからないリスクなど…、中古品を敬遠する理由はいくらでもある。ただ、他の理由にくらべ、この理由は非常に感覚的だ。

だからこそ、僕の中で違和感が強いのだと思う。

僕はそもそもモノが持つストーリーが好きだ。「カメラマンが毎日のように使い込んだ」「奥さんに隠れて一生懸命貯金してやっと買ったカメラだった」「画質に憧れて買ったけど、重くて使わなくなった」など。

人がモノを売る理由はいくらでもある。だからこそ、どんな人と、どんな生活を共にし、どんな写真を撮ってきたのだろうと僕は想像する。

それ自体が楽しいし、僕が中古品を買う理由の一つでもある。同じように、モノが持つストーリーを楽しめる人が増えて欲しい。そう勝手に思ったので、こんな記事を書いた。

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